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2021年4月

2021年4月27日 (火)

イチケイのカラスと葬儀

イチケイのカラスというドラマが放送されています。

裁判官が主人公のドラマですが、検察からあがった証拠で罪を裁くだけでなく、一人ひとりの被告の人生を考えてくれる裁判官が主役です。そんなことしたら裁判が滞るという意見もあると思います。しかしそんな裁判官が増えてくれること、また国がそのような裁判官を認め増やすことに力を入れてくれることを強く望みます。裁判官にとってはたくさんある裁判の1つですが、被告にとっては人生を左右される裁判です。そうなればえん罪がなくなるのにと思います。

寺院にも同じ事が言えます。たくさんある葬儀(ちなみに秋月院は小規模寺院ですのでたくさんはありませんけど)喪主家においては、また故人にとっては一度しかない葬儀です。

私は檀信徒の訃報の連絡を受けたときは、枕経に伺います。それを面倒くさいとは思いません(正直に言いますと、若いころは面倒くさいと思っていました)故人に感謝の思で弔いたい、少しでもご家族に寄り添いたい、そんな思いです。しかしそんな私の思いは伝わっていないと思います。お布施は頂けませんから。本当はお布施を頂かなくては本当の供養にはなりませんが、ご家族が私に布施をしたいと思う気持ちにさせていない、私の努力が足りないのが原因だと思っています。「お布施は読経の対価ではない」と心に言い聞かせています。(寺院の経営存続にはお金が必要ですが、正直その思いとも戦っています。)

 ご主人の月命日には必ずお参りに来ていた、大切な檀信徒のおばあちゃんが亡くなりました。秋月院本堂でご葬儀を行ったのですが、家内曰く(私たちに見えないもの、聞こえないもの等をイレギュラーで感じる人です。)

故人が、泣いている子供達に「泣いてなんていないで」と励まし、悲しい葬儀ではなくどちらかというと逢いたい鬼籍の方にあえる喜び、次の世界にいける期待、つまり学校の卒業式で次の学校へ行ける喜び等、期待が大きくなっている感じと同じだったようです。

人生の終わりは、肉体の終わりでしかなく、次の世界が有ることを理解し、この世が全てではないことを理解できることにより、真の幸せ者になれます。

 葬儀開式の15分前に家内が、ご詠歌をお唱えしましたら、すでに鬼籍入られている故人のお兄さん(曹洞宗寺院のご住職でした)が「無常か」と聞こえてきたそうです。皆さんも知っている歌が聞こえてきたら、思わず曲名を言いますよね。亡くなられた方も同じなのです。

私と家内で弔ったご葬儀でした。ご冥福をお祈りします。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

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2021年4月21日 (水)

良縁成就のご祈祷、ご利益

姪っ子から結婚の報告がありました。嬉しいことです。

私は毎朝、ご祈祷をしております。各々のお方のお名前を読み上げるメインな祈願内容は病気平癒ですが、ついでにと言ったら失礼かもしれませんが、姪っ子の名前を読み上げ良縁成就を祈祷してきました。

現代の人々には笑われるのかもしれませんが、私はご利益と信じています。

最終的には本人の努力が必要です。例えばデートに誘う等です。

しかしデートに誘いたい方に出会うこと、またその誘いに答えたいと思える人の出会いは、努力ではどうすることも出来ないところです。

私はそこがご利益と信じています。よく言う「縁」です。

ご利益を信じる事が出来ると、日々守られていることの安心感が得られます。仮に辛いことが起こっても「この人生の学びで必要だからこの苦労を体験し、他を思いやり、正しく解決することが大切なのだ」と前向きに捉えることが出来るようになり、「あの苦労があったから今がある」という明るい未来を迎えることができます。

昔の方が大切にしてきました、身近な神仏を大切にする、ご先祖様を大切にする。という思いを持ち正しく実践していくのみです。以外とその正しく実践が難しいのですが、そこは信頼できる宗教者と出会う必要があります。これが以外と難しいかもしれません。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年4月20日 (火)

今ある幸せに気づければストレスを軽減できます。

コロナ禍に於いて経済的、身体的、心配、そして精神的に不安な日々をお過ごしの方も多いと思います。

秋月院住職の私も全く同じです。

日本国内のワクチンは9月までに全国民分を確保できるようですが、接種は来年2月までにという発表がありました。まだまだ我慢の日々が続くようです。

旅行に行けない、おいしいものを食べに行けない、飲みに行けない等でストレスがたまっている方も多い事と思います。しかしゴールは見えています。そのゴールに向かって今やるべき事を行っていくのみです。

ゴールが見えるというのはありがたいことです。幸せなことです。

因みに私も家族で旅行行きたい。おいしいものを家族で食べに行きたいと思う気持ちはありますが、私にとってそれは総理大臣になると言うことと同じくらいに雲の上のことなのです。コロナ禍であろうと無かろうと行けないのです。ゴールがないのです。しかしありがたいことに信仰のおかげか不満は有りません。子供達も不満がないようです。

何故行けないかと言いますと寺院には定休日がありません。それでも留守にすることは可能ですが、私の家内が「せっかく秋月院へ来てくれた方がいたときに留守では申し訳ない」と言っています。

あなたは秋月院の私たちより自由が有ると言うことは幸せですよ。

ないものを探すより、今ある物、事の幸せに気がつくこと、見つけることが出来た方が永遠に幸せ者になれます。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年4月12日 (月)

死後の世界を考えるのはリスク管理です。

卵と鳥を目の前で見たとき、卵が先か鶏が先かを考える方はそう多くないと思います。結論の出ないことに時間やエネルギーを使うより、卵と鳥をどうするかを考えたほうが現実的です。

死後の世界も同じです。有るか無いかにこだわる必要はありません。自然に解る日が来ます。

私たちは皆平等にその日が100%来ます。大切なのはその時が来たときに対応出来るようにすることではないでしょうか。

考え方は大まかに下記の3つがあります。

① 死んだら終わり、自分さえ良ければ他人はどうでも良いと言う生き方の場合

  万が一死後の世界が有った時、地獄極楽があったら「しまった」となります。

  また自分が関わった人々の心の中が解り、自分の事を恨む等、悪く言っていたら、ショックです。

 

② 死んだら終わりだけど、今自分が有るのはたくさんの人のおかげ、困っている人がいたら手を差し伸べるし、寄付等をするのが当たり前
  という生き方をしてきた方の場合

  万が一死後の世界が有った時、地獄極楽が有ったら驚くものの「良かった」と安堵するでしょう。

  万が一死後の世界がなかった時は、「しまった、死後の世界はないのか、好き勝手生きれば良かった。損した」と思うことは100%有り
  ません。死後の世界はないのですから、しかし生きている人たちには感謝され、惜しまれています。そして中には「世話になったから」と
  言って子孫が困っていたら助けてくれるそんな人もいるかもしれません。

 

③ 死後の世界、地獄極楽が有るだから困っている人がいたら手を差し伸べる。寄付等布施行が大切。自分の事より他のことを心配する生き方
  の場合。

  当然の如く死後の世界が有った場合は、「良かった」と安堵することでしょう。

  万が一死後の世界がなかった時は、「しまった、死後の世界はないのか、好き勝手生きれば良かった。損した」と思うことは100%有り
  ません。死後の世界はないのですから、しかし生きている人たちには感謝され、惜しまれています。そして中には「世話になったから」と
  言って子孫が困っていたら助けてくれるそんな人もいるかもしれません。 

生きているときのリスクは考えるのに、人生が終わったときのリスクを見落としがちです。これはリスク管理の方法論です。

最近テレビドラマやコマーシャルで幽霊が出てくるシーンが多くなりました。昔みたいにもろお化けではなく人間と見分けがつかない幽霊です。

三井のリハウスのCMで幽霊役の樹木希林と田辺桃子との会話

先日も日本テレビで「ウチの娘は、彼氏が出来ない!!」と言うドラマで豊川悦司が幽霊役の矢田亜希子と会話していました。

私は、あの世の人が作家や脚本家の意識を利用して、あの世からのメッセージを送っていると考えています。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

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過去帳を次世代につなぐ

秋月院の過去帳を次世代に引き継ぐべき、新しくしています。

今使っている過去帳は100年ほど前の明治時代の住職によって書き写したものです。

その前の過去帳も現存していますが、虫食いにより開くことが出来ません。

過去帳には亡くなられた檀信徒(檀家)の戒名、俗名、亡くなられた年月日、年齢、続柄

が記されています。古い方は1500年代の方から記されています。

この過去帳には私たちと同じように生きた方々が確かにいたことを後世に残すものです。

一人ひとりの項目を見ていくと、若くなくなった方、幼くなくなった方、流産の方、立て続けになくなった家、中には馬の戒名もありました。そこには愛馬とありました。亡くなられた方の思いはもちろんのこと、亡くなっていく方を取り巻く人々の思いを感じずにはいられません。

「百年も二百年も、千年前だってひとの数だけ物語があったんだ 僕の家族にも 僕の知らない人にも その人だけのその人しか知らない物語がきっとあったんだよねぇ」(鬼滅の刃23巻より引用)

歴史の教科書に載るような歴史上の人物や著名人は後世の人々に伝わります。

みなさんも歴史上の人物や著名人と同じように「自分の生きた証を後世に残っていたら」と思うことはありませんか。

寺院に属せば(檀家になる等)あなたという人が確かに生きていたということが、後世に残ります。(秋月院では過去帳を大事に思っていますが、そうでないご住職もいるかもしれませんから事前に確認した方が良いです)

これが霊園にお墓を持つ方と、お寺にお墓を持つ方の決定的な違いでしょう。

因みにあの世では私たちの人生の軌跡が全て保存されているようです。今は忘れてしまっていることも全て。若気の至りの黒歴史を思い出すと恥ずかしいですね。

そして徳を積む生き方が出来た方は他人の記録も見ることができるそうです。歴史好きな方は歴史上の人物の記録に興味ありませんか。

またその記録は100人の記録から始まっているそうです。

信じるも信じないもあなたの自由です。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

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