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2021年1月 5日 (火)

コロナ禍

日本では新型コロナウイルス感染症の状況を「コロナ禍」(ころなか)という言葉を使い表現していますが、うっかり「コロナなべ」「コロナうず」と呼んでしまう方がいらっしゃるようです。

この「禍」は「人災によるわざわい」と言う意味で、日常に使う「災い」は天災という意味です。今回この「禍」と言う字を使い始めた人の意図は分かりませんが、私は的を射ていると感じます。

 九州でカラオケ店を営みながら占いをされている方の本で書いてあったのですが、東日本大震災が起こる前「なにか大きな災難が起こることがわかり心配していたそうです」その理由は相談に来る方の多くが、特定の言葉を発するようになったそうです。その言葉は「私幸せになれますか?」です。私たちは災難が起こったことで、当たり前の日常が幸せだと言うことに気がつき実感することが出来ました。つまり震災は私たちの想念が招いた人災です。

 また元福島大学教授の飯田史彦先生の本で書かれていたのですが、既に亡くなられた方の声ですが、「生まれる前から東日本大震災が起こることは分かっていた。そこでお母さんが死んでしまうのは決まっていた」とありました。

 一見この二つの考えは相違しているように感じるかもしれませんが、実は同じ事を言っているのです。

私たちは初めのころは謙虚ですが、段々といろいろな意味で天狗になりがちです。それが人間の特徴なのです。それを制御することをこの人生で求められています。その助けが宗教の役割なのです。

つまり天狗になりがちなのは決まっているということは、災難が起こることが決まっているというのとイコールなのです。

 ただ根本の原因は私たちの想念ですので、謙虚さを忘れず、お互いを思いやり、真理としての正しい生き方が出来れば良いのです。目指すはそのような仏国土(特定の宗教が世界や国を治めることではありません)なのですが、全人類がそうなることは難しいと言えます。しかし生きている間はそれを諦めてはならないとも思います。

 今思うことは自分がコロナに感染するとか、しないとかでは無く、病院、医療従事者等コロナに関わる仕事をされている方々にこれ以上の負担を掛けないように生活しなくてはと考えています。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。 https://www.syuugetuin.com/

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