他の人と常につながっている
「お墓を持たない選択」というCMがテレビで放送されています。
死んだら意識が無くなる、つまり死後の世界が無いのであれば、それで全然それで良いと思います。しかし真実は肉体と意識は別もので、死後も100%意識はありますので、ご先祖様及び、ご自身がご先祖様の1人になったときは「時代の流れ」と思いながらも寂しい思いをすることでしょう。
皆さんにはそんな思いをしてもらいたくありません。
携帯電話は通話していなくても電話機と基地局は常につながっています。
それと同じように私たちも他の人とつながっています。亡くなった人とも、生きている人ともつながっています。
過日下記のようなことがありました。
檀信徒のAさんが「海外にすんでいる兄が病気で心配なこと、状態が悪化しているかもしれないと思うと連絡するのが怖い」というようなことを家内に話しました。
家内はそのことを檀信徒Bさん(不思議な力の持ち主)に相談しましたら、次の日Bさんから寺に電話がありました。その内容は「Aさんのお兄さんが昨夜来て、家庭の事情の悩みを話していきました」と言うのです。その内容をAさんに話しました。
そうこうしていましたらAさんの元へ海外のお兄さんから電話が来たそうです。お兄さんは自分が悩んでいることを妹さんがわかっていてびっくりでしたが、悩みを打ち明けるきっかけを頂けて感謝していたそうです。ちなみにお兄さんはBさんのところに行った記憶はありませんでしたので、お兄さんの潜在意識(普段の意識が顕在意識、それとは別の意識が潜在意識です)がBさんのところに行ったとことです。
因みにAさんとAさんのお兄さんとはBさんは面識がありません。
よく波長が合うという言葉がありますが、このことなのです。
事故や事件に巻き込まれるというのも相手と波長が合ってしまっているのです。それらを経験して学ぶ必要があるから事が起こるのですが、その学びのために波長が合うようになっているのかもしれません。しかし誰しも学びといえども災難は避けたいし、大難が小難であることを願うと思います。だからご祈祷という祈りを昔の方は大切にされたのでしょう。私はその思いを引き継いでいます。
正しく相手を思いやる愛のある心を持ち続ければ類友と言うように同じ波長の人と縁ができます。
生きている人同士もつながっているのですから、亡くなった方とはもちろんのことです。
だから昔の人はご先祖様を敬い、時間やお金がかかり大変だけど供養を惜しむことなく大切にしてきたのです。
また「人様に迷惑をかけないというように」と他を思いやることも大事にしてきたのです。
人生の終わりを迎えたとき、皆様が後悔しないように、今を生きていける事を願っています。
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