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2011年10月13日 (木)

一緒のお墓に入りたくない

「姑、夫等と一緒のお墓に入りたくない」ということを耳にします。

それほど辛いことがあり、それでも今日まで何とか頑張ってこられたことに感心いたします。だから一緒のお墓には入りたくないという気持ちも理解できます。

しかし、もう苦労をさせられた人はこの世の方でない場合にもなっていても、まだ一緒のお墓に入りたくないと思われているのであれば気の毒なことです。

苦労の時から時間が立っているのに、気持ちだけがそのままということは、今の幸せに気づけないでいることになります。

今が幸せと気づくことができますと、過去の事は「そんなこともあったな」と流すことができるようになります。
過去にとらわれることなく幸せになるには、コツが必要です。まずは過去の恨みとか妬みを「そんなこともあったな、よくがんばったな」と思うようにし、人に話す時も恨み、妬みの感情を込めることなく話伝え、できれば感謝の気持ちの言葉を言えるように努力をすることです。
はじめは違和感がありますが、なれるとこれからの人生に大いに役に立ちます。

さてお墓という現実の話としては、「一緒のお墓に入りたくない」と言われると、残された人には負担が残ります。二つのお墓の管理等経済的な負担、そして二つのお墓をお参りという時間的な負担です。
子供はいちばん近い人ですから、気持ちを理解してくれるかもしれませんが、事情を知らない、孫、ひ孫の代になればもっと負担を感じるはずです。「勝手な人がいたんだな」と陰口を言われお参りもされず忘れ去られるかもしれませんし、別のお墓を建てることを見習い、子孫もそうしてしまい、またその子孫に負担をかけてしまうこともあるでしょう。

あなたの昔の苦労を「あんなこともあったね」と笑って話せる日が来ることを祈念しております。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

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