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2011年6月 2日 (木)

楽に今を生きる

「お坊さんは(お寺さんは)安定していて良いですね」というようなことを言われたことがあります。

また思っている方もあると思いますが、実は安定していないお寺、僧侶も多いのです。

歴史的には、江戸幕府の庇護を受けていた時代から、明治政府になり神仏分離となり、廃仏毀釈でかなりのお寺が廃寺になりました。

田畑をたくさん持っていた寺院は戦後の農地解放(参考http://homepage3.nifty.com/yoshihito/nouchi.htm)により、収入を失い貧乏のどん底になり、廃寺になる寺院もありました。

そんな中、吸収合併し存続をした寺院もありました。

その時代の僧侶は想像を絶するつらい日々だったことが想像できます。

どの業界も良い時もあれば、辛い時もあるのです。良い時の人は感謝して過ごし、他に施しを行います。

悪い時の人は、他をうらやむことなく今できることを真面目にこなしていくことにより、必ず道が開けていきます。

東日本大震災により苦労を強いられる方もあれば、それにより儲かる方がいるのも現実です。今儲かっている方もいずれその逆の立場になる日が来る可能性があるのです。

ちなみに私は、小学生のころから師匠について、通夜、葬儀、法事等に出仕していおりました。お坊さんの恰好が恥ずかしかったり、からかわれたり、いじめられたり、土日は法事で友達と約束があっても遊べなかったりと、正直つらい日々でした。

中学の卒業前に、親元を離れ、修行にでました。一年間家に帰ることも、原則外出することもできませんでした。

「人のために生きたい」「宗教、仏教とは何ぞや」「人は死んだらどうなるのか」「なんで供養は必要なのか」「人は何のために生まれ、生きるのか」「なんで寺に生まれたのか」等悩んだ日々がありました。

学校、修行ではその答えは見つかりませんでした。

二男である私は就職したのですが、人生についての悩み苦しみは常にありました。
サラリマン生活で学ぶことも多く、またその生活を楽しんでいましたが、その一方で「このままでよいのか?」と常に考えていました。

時代はバブル崩壊後で、日本では終身雇用、年功序列が崩壊するといわれ始めたころでした。僧侶になって不安定になっても、サラリーマンでも安定ではない時代がくると考えるとどちらも同じだと思い、寺に生まれた意味、今やるべきことを見つけるために、会社を退職しました。しかし二男で継ぐ寺がない私は不安定を覚悟しての事でした。

とにかく人生を、自分を見つめなおしたい思いでした。

収入がなく、不安定そのものの時もありましたが、縁により無料で家を貸してもらったりと、ありがたいことも多々ありました。とにかく人との付き合いを大切にして、貧乏でも人との付き合いのためにはケチらないこと、惜しまないことを心がけておりました。それから10数年、紆余曲折の人生でしたが、縁あって秋月院の住職に就任しました。

しかし、そこからがまた苦労の始まりで、現在に至っております。

悩み、苦労が尽きる日が来たら死ぬときかなと思っております。

人と比べると辛いだけです。いくらうらやましく思っても自分は他人にはなれませんし、環境を交換することはできません。

他人と比べる、うらやましがるとは、6年生の子が算数の授業を受けながら、「1年生の国語は簡単でいいな」と言っているのと同じです。
6年生は今算数を学ぶ時なのです。1年生の国語を学んでも意味がありません。

今生きていることに感謝して過ごしたいものです。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

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