祈り
3代前の方が神仏を大切にして過ごしてくれたお陰で今の私たちの幸せがあるということを言い伝えられています。
つまり今日の平和、物質の豊は私たちの努力だけのものではなく、過去の方の祈りが時を越え今の私たちの生活があります。
先日の阪神淡路大震災の起こった時間に、家内は強い念を感じ目がさめたそうです。「今日はなんだっけ?」と思いその時間にたくさんの方が犠牲者に対し祈りを捧げその念を感じたと気がついたそうです。
チェンソーで木を切る時、ショベルカーが土を掘ったり、山を削っている時も自然界の念を感じるそうです。
そこで作業されている方が自然をいたわり、感謝の気持ちと懺悔の気持ちがあれば良いのですが、その思いがないと悪い念、邪気を感じるそうです。
実際の研究でも癌の患者さんに祈りを捧げた時と何もしない時では結果に差がでたようです。
また種子に祈りを捧げた場合と、何もしない場合では発芽率に差が出たそうです。
そして炊いたご飯を3つ用意して一つは「ありがとう」二つ目は「ばかやろう」三つ目は無視をして保存しましたらその三つとも違う状態になりました。今の常識で考えれば炊いたお米ですから生きていないはずですが差がでるのです。
また水があるところで音楽をかけると曲によって結晶が変化するという実験もあります。
つまりこの世の物質すべて無機物ではなく心があるということです。
仏教ではこれを悉有仏性(しつうぶっしょう)と言います。
恨みを持つことなく許し、他の為(普段使っているお茶碗にも)に祈りましょう。
ここで大切なのは自分のためではダメなのです。他のためでなくてはなりません。それが結果的に自分のためにもなることに気がつかなければなりません。
また逆に恨みの念も必ず自分に返ってきます。
私は世界が平和で、すべてがニコニコと暮らせることを願っています。
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