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2010年9月 7日 (火)

未来を生きるためには

先日八十歳手前のお年寄りが来られました。
話を聞けば会社が倒産し、仕事がないので探しているが、見つからない。家もなく、2、3ヶ月自動車で寝泊りしているということでした。また2、3日水でしのぎたべていないとのことでしたのでとりあえず、お茶を差し上げ、お菓子、パンを差し上げました。
そういえば子供の頃父に「おひつ(炊いたご飯をお釜から移すご飯の入れ物)にご飯を少し残しておきなさい」と言われたことを思い出しました。物乞いに来た方におにぎりを渡すためなのです。

八十歳近い方が、仕事を探さなければならない現実、役所に何回足を運んでも、生活保護等を受け付けてくれないそうです。憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあるが、絵に描いた餅である。それが現実です。
かたや8億円ももらう方がいる。これが資本主義なのです。つまり「お金が一番大事だよ」ということですが、私は資本主義の限界が来ていると思っております。このままいけば、ますます、資源がなくなり、貧富の差が激しくなり、暴動が起こり国家は滅びてしまいます。それが、人類の繰り返されてきた歴史のような気がします。

今を快適に更に便利に、贅沢に、その為に借金をしている現代人はこれから30年後、40年後つまり私が70歳、80歳になった時には自分もそうなっているかもしれませんが、またそういう人がものすごく増えると思います。

童話の「アリとキリギリス」の話をご存知だと思いますが、私たち現代人はキリギリスの生活をしているのです。
今を不景気と言いますが、私は30年後、40年後は益々落ち込むと思います。小子高齢化により人口が減ることにより今以上に消費は落ち込みます。また年金においても数人の若者がたくさんのお年寄りを支えることになりますが、現実には不可能でしょう。

資本のある方はそれが分かっていますから、不景気とう言葉を隠れ蓑にして、せっせと貯めているのです。

私たちは今ある限られた中でどのようにつつましく暮らしていくのかを考え、あるものを分け与える社会にならなくてはと考えます。

そのために宗教はあるのです。宗教とは生きるための道具であり、知恵なのです。

まず神仏に素直な心で手を合わせることからはじめ、自己反省し、世界の幸せを祈ることです。
そうすれば私の30年40年後の予想は外れます。

未来の子供たちの為に自分が出来ることから初めてもらえたら嬉しく思います。

先日、「帰国」についてのん様から頂いたコメントで「恥じを知れ」の言葉をことあるごとに思い出し、自分の生活を顧みています。正しく生きるために大切な言葉です。日本人が使わなくなった言葉を改めて使うことで世の中は正しいほうに向かうような気がします。
「お天道様」も使われなくなりました。昔は悪いことをすると「お天道様が見ている」と言われたものです。
子供たちにこの言葉を使い伝えなくては今思いました。ありがとうございます。

皆さんの幸せを祈念しております。

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