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2009年10月 2日 (金)

白旗の少女

9月30日に「白旗の少女」というドラマが放送されました。

このドラマは太平洋戦争末期の沖縄で、アメリカ兵に白旗を掲げている少女の写真があり、その方の記憶から出来上がったものです。

私は子供たちに戦争関係の放送がある時は必ず子供たちと一緒に見ます。戦争の悲惨さを次の世代につながなければ、明るい未来はないと思います。あまりにも私たちは自分勝手になり、自分の権利を主張するようになってきました。これだけ満たされているにも関わらず、不平不満だらけです。私はその時代を過ごした人のことを考えたら、申し訳なくて不平不満は言えませんが、ついつい忘れてしまうのが私たちです。

朝昼晩と3食いただけて、温かい布団に休めるこの平和な今そのものが幸せと気がつかなければなりません。他のことを考えずに自分の利益だけを考えてむさぼりの日々が続けば人類は滅びるのではないのでしょうか?

私が子供の頃、父が「お寺はお金はないが、食べるものはある」というようなことを言っておりましたが、その頃は恥ずかしながら反発の思いがありましたが、今はその言葉が良く分かります。私たちは今の当たり前と思っている幸せに気がつかなければなりません。

さてその内容は、アメリカ軍から逃げるため村を捨てて逃げるのですが、その途中でニイニイ(兄)が亡くなり、その後姉達とはぐれ、6歳の少女が必死で過ごす日々がえがかれていました。ちゅうちょしながらも、亡くなった兵隊さんの荷物の中身の食料を「ごめんなさい、頂きます」と言って頂き、その中の金平糖を蟻さんに分、知らない子供にも分け与える。その状況下で、分け与える行動には仏様を感じました。そのような人間にならなくてはといつも思っては、いるものの・・・恥ずかしい限りです。

そして、色々な奇跡により、間一髪のところでいつも助かるわけですが、間違いなく先に逝った両親、ニイニイに守られているのです。6歳の子供が厳しい状況下で他に惜しみなく与えることが出来る徳の高さがあるということは、その両親も同じ生き方をなさった方でしょう。それゆえに、亡くなって生きている人を守るという力が与えられているのであろうと思います。

今を生きる私たちが真の幸せを得るためには過去の方々に感謝し、今の当たり前に感謝しお互いを思いあう事が必要です。

私たち家族は贅沢な暮らしはしていませんが、「お寺はお金はないが、食べるものはある」で十分幸せです。

皆さんにも今の幸せに気がつく日が来ることを祈っております。

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