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2009年6月11日 (木)

幸せな人生を過ごす方法2

世の中には自分の努力では、どうしようもできない現実がたくさんあります。

容姿、家庭環境、不合格、倒産、リストラ、事故、病気、老、死 etc

それらを努力で乗り越えた方は「努力が足らない」と言い、また「運が良い、悪い」と言う方もあると思います。「先祖が成仏していない」「前世の悪い行い」その言葉に惑わされてはなりません。心に傷をつけてはなりません。

もしそういう方がいたら「病気、老、死もどうぞ努力で乗り越えて下さい。」と心で思い(絶対に口に出してはいけません、反論されてきりがありません。よけいにストレスになります)聞き流して下さい。

さてこれからが本題です。

「運」というものは良かったり、悪かったりと常に変わるものです。それを運命と言います。これはその事に対する努力ではどうしようも出来ないことです。

「運」という言葉が適切かどうか分かりませんが、あえて「運」といいますが、この「運」を良くするには第三者に感謝されること、かわいがってもらうことです。この第三者とは神様、仏様、ご先祖様、人等です。

ただし、下心があってはなりません。(運を良くする為、を思っていてはだめです。それはあくまで結果なのです。下心のある人に親切にされてどうですか?)

車を運転していて、横断歩道に人がいたら止まる。割り込んでくる人がいても怒らない。(気がつかずにうっかりもありますから、お互い様です)困っている人がいたら手を差し伸べてあげる。掃除をしてくれる方のことを思ってゴミが落ちていたら、ゴミを拾いゴミ箱へ。自宅、公衆問わずトイレを汚したらきれいにする。

誰も見ていてくれなくてもいいのです。(人が見ている前でしかしない人は、下心のある人です)神様、仏様は必ず見ています。安心して下さい。昔の人は「お天道様が見ている」とよく言いました。そのことです。掃除をしている方も必ず気がつきます。(今までゴミが落ちていた所にないのですから)その方々の感謝の念が不思議と間違いなく私のことを知らないにも関わらず私たちに届きます。

今まで当たり前と思い過ごしてきたことを総点検して見て下さい。

例えば神社、仏閣の前を通る時、道路が拡張する前は境内でした。新幹線に乗る時沿線の人は騒音、振動に絶えてくれてます。お米を作らなくても作って下さる方がいる。私たちを生かす為に、体を提供してくれた動物たち。顔も知らないご先祖様ですが、その方々がいなければ今私たちはいない。生まれた時に感動を与えてくれたわが子。当たり前のように家事をしてくれる奥方様。辛い仕事をして稼いできてくれるご主人様。朝を迎えれること。家に帰って来れたこと。階段を落ちずに降りれたこと。交差点で人、自転車が来なかったこと。生んでくれた親。育っててくれた親。

まだいくらでもあります、皆さんも自分で発見してみて下さい。そこが大事です。期待を持っては下心有りになりますから小さく書きますが人生がかならす変わります。ただしゴールまで(死ぬまで)何が起こるかわかりませんので気を抜かないこと。受け入れること。

「信じる」「信じない」は皆さんの自由です。

このブログに縁のあった方が正しく生き、幸せを感じられるよう祈念いたします。

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