2021年4月20日 (火)

今ある幸せに気づければストレスを軽減できます。

コロナ禍に於いて経済的、身体的、心配、そして精神的に不安な日々をお過ごしの方も多いと思います。

秋月院住職の私も全く同じです。

日本国内のワクチンは9月までに全国民分を確保できるようですが、接種は来年2月までにという発表がありました。まだまだ我慢の日々が続くようです。

旅行に行けない、おいしいものを食べに行けない、飲みに行けない等でストレスがたまっている方も多い事と思います。しかしゴールは見えています。そのゴールに向かって今やるべき事を行っていくのみです。

ゴールが見えるというのはありがたいことです。幸せなことです。

因みに私も家族で旅行行きたい。おいしいものを家族で食べに行きたいと思う気持ちはありますが、私にとってそれは総理大臣になると言うことと同じくらいに雲の上のことなのです。コロナ禍であろうと無かろうと行けないのです。ゴールがないのです。しかしありがたいことに信仰のおかげか不満は有りません。子供達も不満がないようです。

何故行けないかと言いますと寺院には定休日がありません。それでも留守にすることは可能ですが、私の家内が「せっかく秋月院へ来てくれた方がいたときに留守では申し訳ない」と言っています。

あなたは秋月院の私たちより自由が有ると言うことは幸せですよ。

ないものを探すより、今ある物、事の幸せに気がつくこと、見つけることが出来た方が永遠に幸せ者になれます。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年4月12日 (月)

死後の世界を考えるのはリスク管理です。

卵と鳥を目の前で見たとき、卵が先か鶏が先かを考える方はそう多くないと思います。結論の出ないことに時間やエネルギーを使うより、卵と鳥をどうするかを考えたほうが現実的です。

死後の世界も同じです。有るか無いかにこだわる必要はありません。自然に解る日が来ます。

私たちは皆平等にその日が100%来ます。大切なのはその時が来たときに対応出来るようにすることではないでしょうか。

考え方は大まかに下記の3つがあります。

① 死んだら終わり、自分さえ良ければ他人はどうでも良いと言う生き方の場合

  万が一死後の世界が有った時、地獄極楽があったら「しまった」となります。

  また自分が関わった人々の心の中が解り、自分の事を恨む等、悪く言っていたら、ショックです。

 

② 死んだら終わりだけど、今自分が有るのはたくさんの人のおかげ、困っている人がいたら手を差し伸べるし、寄付等をするのが当たり前
  という生き方をしてきた方の場合

  万が一死後の世界が有った時、地獄極楽が有ったら驚くものの「良かった」と安堵するでしょう。

  万が一死後の世界がなかった時は、「しまった、死後の世界はないのか、好き勝手生きれば良かった。損した」と思うことは100%有り
  ません。死後の世界はないのですから、しかし生きている人たちには感謝され、惜しまれています。そして中には「世話になったから」と
  言って子孫が困っていたら助けてくれるそんな人もいるかもしれません。

 

③ 死後の世界、地獄極楽が有るだから困っている人がいたら手を差し伸べる。寄付等布施行が大切。自分の事より他のことを心配する生き方
  の場合。

  当然の如く死後の世界が有った場合は、「良かった」と安堵することでしょう。

  万が一死後の世界がなかった時は、「しまった、死後の世界はないのか、好き勝手生きれば良かった。損した」と思うことは100%有り
  ません。死後の世界はないのですから、しかし生きている人たちには感謝され、惜しまれています。そして中には「世話になったから」と
  言って子孫が困っていたら助けてくれるそんな人もいるかもしれません。 

生きているときのリスクは考えるのに、人生が終わったときのリスクを見落としがちです。これはリスク管理の方法論です。

最近テレビドラマやコマーシャルで幽霊が出てくるシーンが多くなりました。昔みたいにもろお化けではなく人間と見分けがつかない幽霊です。

三井のリハウスのCMで幽霊役の樹木希林と田辺桃子との会話

先日も日本テレビで「ウチの娘は、彼氏が出来ない!!」と言うドラマで豊川悦司が幽霊役の矢田亜希子と会話していました。

私は、あの世の人が作家や脚本家の意識を利用して、あの世からのメッセージを送っていると考えています。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

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過去帳を次世代につなぐ

秋月院の過去帳を次世代に引き継ぐべき、新しくしています。

今使っている過去帳は100年ほど前の明治時代の住職によって書き写したものです。

その前の過去帳も現存していますが、虫食いにより開くことが出来ません。

過去帳には亡くなられた檀信徒(檀家)の戒名、俗名、亡くなられた年月日、年齢、続柄

が記されています。古い方は1500年代の方から記されています。

この過去帳には私たちと同じように生きた方々が確かにいたことを後世に残すものです。

一人ひとりの項目を見ていくと、若くなくなった方、幼くなくなった方、流産の方、立て続けになくなった家、中には馬の戒名もありました。そこには愛馬とありました。亡くなられた方の思いはもちろんのこと、亡くなっていく方を取り巻く人々の思いを感じずにはいられません。

「百年も二百年も、千年前だってひとの数だけ物語があったんだ 僕の家族にも 僕の知らない人にも その人だけのその人しか知らない物語がきっとあったんだよねぇ」(鬼滅の刃23巻より引用)

歴史の教科書に載るような歴史上の人物や著名人は後世の人々に伝わります。

みなさんも歴史上の人物や著名人と同じように「自分の生きた証を後世に残っていたら」と思うことはありませんか。

寺院に属せば(檀家になる等)あなたという人が確かに生きていたということが、後世に残ります。(秋月院では過去帳を大事に思っていますが、そうでないご住職もいるかもしれませんから事前に確認した方が良いです)

これが霊園にお墓を持つ方と、お寺にお墓を持つ方の決定的な違いでしょう。

因みにあの世では私たちの人生の軌跡が全て保存されているようです。今は忘れてしまっていることも全て。若気の至りの黒歴史を思い出すと恥ずかしいですね。

そして徳を積む生き方が出来た方は他人の記録も見ることができるそうです。歴史好きな方は歴史上の人物の記録に興味ありませんか。

またその記録は100人の記録から始まっているそうです。

信じるも信じないもあなたの自由です。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

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2021年3月16日 (火)

生き続けてください。

今、死にたいほど苦しい方

冷静に考えて下さい。

本当の本心は?

小さいお子さんがいらっしゃる方であれば、一緒にわいわい楽しく過ごしたく有りませんか?

お子さんの成長を見たくないですか?

冷静に考えても、死んでしまいたいのが本心ですか?

 「本心は死にたくない」に気がついた方は注意し下さい。日頃「死にたいと」言ったり思ったりしすぎると、自殺してしまった方に連れて行かれてしまいます。

自殺は後悔しか有りません。

今の苦しみから解放されるどころか、死んでからがもっと辛いです。そして来世でもう一度同じ経験をしなくてはなりません。つまりこの人生の落第を意味します。

 出来れば辛い思いをしたくないと思うのが普通です。しかし楽しいだけでは人生の意味がありません。真理として、自分を成長させるために、この人生があります。死にたいと思うほどの辛い経験が無いと学べないのです。学ぶためにあえて自分が計画したことなのです。また協力者が有る場合もあります。その協力者はすべて解ったうえで協力してくれています。その協力者はただただ、乗り越えてくれることを祈ってくれています。ですから死にたいほど辛いときは、学ぶべき時がきただけなのです。ただそれだけのことなのです。

死にたいほど辛い思いをもった方は、進級のチャンスなのです。

失恋をした時、思い出してください。歌にもありますが「もう恋なんてしない」と思うほど辛かったのに、新たに出会いがあり幸せになった経験の方はいませんか?

私たちの悩みは必ず解決し悩みでなくなる日が来ます。その日を迎える努力をしなくてはなりません。そのためには、生き続けるただそれだけです。 

悩める事は幸せです。幸せな人生なのです。支えてくれる人を悲しませてはいけません。

まずは形から、始めましょうその形は笑顔です。笑顔を作れれば自然と心が付いてきます。日々笑顔の努力です。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年2月28日 (日)

自分の人生に意味は無いと思っていた日々

私は子供のころ「自分の人生に意味は無い」と思っていました。だから自分が食べる食料が無駄、その分を食べられない国の人にあげる方が有意義だと考えていました。

何故そう思っていたかですが、特に秀でたこともないどころか、容姿もいまいち、勉強もいまいち、運動もいまいち、自分の良いところがない。自信を持てるものがない、そんなわけで自分の存在意味が分かりませんでした。

50才を過ぎて言えることは若いころに「自分の人生に意味は無い」と思うほど悩み苦しみながらも、生き続けることでいずれ気づくことがあることが解りました。

私は両親の人生、子供人生、私と出会った多くの方の人生に影響してきました。

両親にとっては私を育てることにより、両親の親の思い、その当時の考え等に気がついたことでしょう。

また私の子供達も、私が家内と結婚し子供の命が始まりました。

きっと私に助けられたと思う方、逆に腹正しく感じた方もいることでしょう。良くも悪くも他人様の人生に少なからず影響を与えてきました。

つまり生きている事が、すでに意味をなしている事に気がつきました。そしてお迎えが来るまで生き続けることです。

時には踏み外すこともあるかもしれません。しかし諦めず軌道修正し、正しく生きる事です。

そのために宗教が必要で求められるのです。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年2月17日 (水)

修行に永平寺へ旅立ち

二月十七日に次男が、永平寺へ修行に旅立ちました。明日は誕生日です。二年前の長男、飛天の時には来客が来られて、誰も見送ること無く一人で行かせてしまい、切ない思いをした事を思い出しました。今回は賑やかに見送ることが出来ました。

次男である李紀は、修行に行ってもその後、継ぐお寺はありません。修行を終えた後には不安定な状態が待っています

それでも「行く」と本人の希望です。安定を求めれば、教員の道、就職の道(大学で部活動をしていましたので就職の声が掛ったそうです)もありました。あえて茨の道を選択しました。

そんな彼が体を壊さず、無事に修行を勤める事が出来ることを、祈って頂けたらありがたく思います。

Sns

「可愛い子には旅をさせよ」「若いころの苦労は買ってでもしなさい」と言う言葉が日本にはあります。また「獅子の子落とし」と言うことわざもあります。
近年は裕福になり周りの人が先回りをして、それをさせない時代になってしまいました。

常識が通じない、理不尽なこと、お金の苦労、お腹一杯食べられない辛さを若いころに経験できた人は幸せです。
これからの人生で「あの時に比べれば」と必ず生きる力になります。

他人様の暮らし等と比較し「良いな」と思うことあると思いますが、その人が今の状態になる前には辛いことたくさんあった事を想像できると良い人生を歩めます。うらやましがっている時間がもったいないです。
若人よ、いっぱい苦労して下さい。

そして親になって下さい。そうすれば若いころには気がつかなかった親の気持ち、有り難さが理解できます。

わたしは子供に学ばさせて頂きました。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

 

 

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2021年1月27日 (水)

他の人と常につながっている

「お墓を持たない選択」というCMがテレビで放送されています。

死んだら意識が無くなる、つまり死後の世界が無いのであれば、それで全然それで良いと思います。しかし真実は肉体と意識は別もので、死後も100%意識はありますので、ご先祖様及び、ご自身がご先祖様の1人になったときは「時代の流れ」と思いながらも寂しい思いをすることでしょう。

皆さんにはそんな思いをしてもらいたくありません。

携帯電話は通話していなくても電話機と基地局は常につながっています。

それと同じように私たちも他の人とつながっています。亡くなった人とも、生きている人ともつながっています。

 過日下記のようなことがありました。

 檀信徒のAさんが「海外にすんでいる兄が病気で心配なこと、状態が悪化しているかもしれないと思うと連絡するのが怖い」というようなことを家内に話しました。

家内はそのことを檀信徒Bさん(不思議な力の持ち主)に相談しましたら、次の日Bさんから寺に電話がありました。その内容は「Aさんのお兄さんが昨夜来て、家庭の事情の悩みを話していきました」と言うのです。その内容をAさんに話しました。

そうこうしていましたらAさんの元へ海外のお兄さんから電話が来たそうです。お兄さんは自分が悩んでいることを妹さんがわかっていてびっくりでしたが、悩みを打ち明けるきっかけを頂けて感謝していたそうです。ちなみにお兄さんはBさんのところに行った記憶はありませんでしたので、お兄さんの潜在意識(普段の意識が顕在意識、それとは別の意識が潜在意識です)がBさんのところに行ったとことです。

因みにAさんとAさんのお兄さんとはBさんは面識がありません。

よく波長が合うという言葉がありますが、このことなのです。

事故や事件に巻き込まれるというのも相手と波長が合ってしまっているのです。それらを経験して学ぶ必要があるから事が起こるのですが、その学びのために波長が合うようになっているのかもしれません。しかし誰しも学びといえども災難は避けたいし、大難が小難であることを願うと思います。だからご祈祷という祈りを昔の方は大切にされたのでしょう。私はその思いを引き継いでいます。

正しく相手を思いやる愛のある心を持ち続ければ類友と言うように同じ波長の人と縁ができます。  

 生きている人同士もつながっているのですから、亡くなった方とはもちろんのことです。

だから昔の人はご先祖様を敬い、時間やお金がかかり大変だけど供養を惜しむことなく大切にしてきたのです。

また「人様に迷惑をかけないというように」と他を思いやることも大事にしてきたのです。

 人生の終わりを迎えたとき、皆様が後悔しないように、今を生きていける事を願っています。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年1月15日 (金)

病気平癒のご祈祷

秋月院での病気平癒のご祈祷は下記の二つのコースがあります。

①住職が毎日(住職が不在の時を除く)お名前を読み上げご祈祷する

②申し込んだときに祈祷主と共にご祈祷する 

ご家族の病気平癒で①のコースを1年ぐらい継続されている方がいます。その方は年金生活で普通の生活をされている方で、「少しは正しいお金の使い方をしないと」と言い、年金の支給日後に毎月1万円を祈祷料として納められています。毎月来られる時に、話を聞けばご本人は「良いことがあったと」と、とても喜んでみえます。最近は「悩みが悩みで無くなってきました」と言われました。様々なことが良い方向に向かっているようです。私は自分の事のように嬉しいです。

その方は秋月院にお墓を建てたことが縁でした。お墓にはお骨はありませんが、開眼供養の時に「ご先祖様のいない人はいません。お骨が有る無いに関わらず田舎のご先祖様に感謝の思いをもってお参り下さい」とお伝えしました。

それからは頻繁にお墓参りにお越しになりました。そうしましたら、「お墓参りに秋月院に来ると心が落ち着く」と話されていました。しばらくしてご祈祷を申し込まれるようになりました。一つ一つ正しい行いを、時間を掛け、手間を掛けて来られた結果が現在の心の状態に導いたのです。

私も覚えがあるのですが、「悩みが悩みでなくなる」「後悔が後悔でなくなる」これは、生き方を改めればそんな日は必ず来ます。

皆様にもそのきっかけの縁があることを祈っています。

PS 先ほどの方がもう一つ言っていたことがあります。「実家はどちらかというと不運なことが続いていました。考えれば供養をしていませんでした」昔の方が神仏やご先祖様を大切にしてきたことには、やはり意味があるようです。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年1月 7日 (木)

七草粥

日本では1月7日に七草粥を頂く風習があります。春の七種類の野菜等(薬草にもなる野菜)を入れたお粥です。

お正月の暴飲暴食で疲れている胃腸を休めるためと言うのが一般的ですが、元々の意味は体内の浄化にあります。

家族が、一年を無事に過ごせることに祈りを込めたのでしょう。

秋月院では、迷える私たちを見守って頂く為に、仏様にも無事に過ごして頂けることを念じて七草粥を供え致し朝の勤行を勤めました。

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葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。

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2021年1月 5日 (火)

コロナ禍

日本では新型コロナウイルス感染症の状況を「コロナ禍」(ころなか)という言葉を使い表現していますが、うっかり「コロナなべ」「コロナうず」と呼んでしまう方がいらっしゃるようです。

この「禍」は「人災によるわざわい」と言う意味で、日常に使う「災い」は天災という意味です。今回この「禍」と言う字を使い始めた人の意図は分かりませんが、私は的を射ていると感じます。

 九州でカラオケ店を営みながら占いをされている方の本で書いてあったのですが、東日本大震災が起こる前「なにか大きな災難が起こることがわかり心配していたそうです」その理由は相談に来る方の多くが、特定の言葉を発するようになったそうです。その言葉は「私幸せになれますか?」です。私たちは災難が起こったことで、当たり前の日常が幸せだと言うことに気がつき実感することが出来ました。つまり震災は私たちの想念が招いた人災です。

 また元福島大学教授の飯田史彦先生の本で書かれていたのですが、既に亡くなられた方の声ですが、「生まれる前から東日本大震災が起こることは分かっていた。そこでお母さんが死んでしまうのは決まっていた」とありました。

 一見この二つの考えは相違しているように感じるかもしれませんが、実は同じ事を言っているのです。

私たちは初めのころは謙虚ですが、段々といろいろな意味で天狗になりがちです。それが人間の特徴なのです。それを制御することをこの人生で求められています。その助けが宗教の役割なのです。

つまり天狗になりがちなのは決まっているということは、災難が起こることが決まっているというのとイコールなのです。

 ただ根本の原因は私たちの想念ですので、謙虚さを忘れず、お互いを思いやり、真理としての正しい生き方が出来れば良いのです。目指すはそのような仏国土(特定の宗教が世界や国を治めることではありません)なのですが、全人類がそうなることは難しいと言えます。しかし生きている間はそれを諦めてはならないとも思います。

 今思うことは自分がコロナに感染するとか、しないとかでは無く、病院、医療従事者等コロナに関わる仕事をされている方々にこれ以上の負担を掛けないように生活しなくてはと考えています。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。 https://www.syuugetuin.com/

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