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2020年7月

2020年7月12日 (日)

新盆供養

7月に入ってからの土日は、新盆の供養を一時間刻みで行っています。

例年は合同で行っておりましたが、新型コロナウイルス感染防止のため一軒一軒供養しています。

また各家同士がすれ違わないように入り口と出口を分けて一方通行として、感染予防に努めております。

今年は新型コロナウイルスにより、坐禅等諸行事が中止になっていますから、一軒ずつ行うことが出来ました。

こういう大変なご時世だからこそ供養が大切なのです。

秋月院では毎年お盆前に新盆の供養を行っております。その理由はお盆の意味、歴史、飾りつけ、またいつ何をするのかの説明をするためです。お盆に入ってからでは支度が間に合いませんから。

秋月院では檀家ではない方の葬儀もお受けしています。そして葬儀のみではなく、新盆も含めて供養に責任を持つこと、それは供養の仕方、方法を伝えることだと思っております。特に新盆の供養では、絵付きの冊子をお配りしています。

供養を負担に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは可愛いお子さんの進学の負担だけを考えるのと同じです。それではお子さんがかわいそうです。多くの方は子供の進学に対して経済的に負担は有りますが、応援してあげたい思いをお持ちだと思います。
一生懸命生き命をつないでくれたご先祖様、私たちの成長を応援してくれた両親に対する恩返しが供養なのです。

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。 http://www.syuugetuin.com/

 

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2020年7月 8日 (水)

新型コロナウイルス感染症拡大の今

私は、今までと変わりなく、朝のご祈祷、本尊様の前でのお勤め、晩のお勤めを修行しております。一つ違うことは子供達の学校が休みのため、次男、三男、そして娘もお勤めに参加し皆様の安寧、病気平癒を祈念しております。そしてコロナウイルス感染症で亡くなられた方等の、物故者の菩提を弔っております。

今から約75年前の人々の暮らしは、明日の命は分からない中で暮らしていました。空襲で焼かれていく町、爆撃で亡くなっていく人々間近に見て、きっと「明日は我が身」と思い過ごしていたはずです。その時代の中高生はその危険な軍事工場の労働に従事していました。ご存じの通り食糧難で、大変苦しい時代でした。また食料の調達のため、違法(その当時)であっても、田舎の農家へ出向き着物や帯と交換しお米等交換し持ち帰りました。しかし途中で警察による荷物検査で取り上げられてしまうのです。それを阻止しようとして、逃げれば銃殺されても文句の言えない時代でした。ご先祖はその時代を生き抜いてくれました。今の私たちの不安と比べるとどうでしょうか?

コロナウイルスに感染したらと言う不安、経済的な不安等たくさんありますが、とりあえず家に居ることが許されるのです。食べるものもあります。

法要時の法話で、死後の世界があるという話を度々してきました。上記の話もそうですが、「それがどうしたの、どんな風に考えを変えても現実は変わらない」と言われる方もあると思いますが、それは違います。

この世は努力だけではどうすることもできない現実があります。受験生であれば知っている問題が出れば、合格。苦手なところが出れば、不合格。その出題はどうすることもできません。また就職も何社も受けでもだめだった方がたまたま居酒屋等で知り合った方と意気投合しその方が、就職を世話してくれることもあります。(私が学生時代の実体験です。まだ就職活動前でしたが)つまり縁なのです。この縁は現実的な夢に向かった勉強等の努力だけではどうすることもできません。

努力をした上で、正しく生きる。神仏、先祖を大切にすることにより良い縁と結ばれるのです。私たちが、今までの当たり前だと思っていた日々がありがたいもので、奇跡の連続であったことに感謝し、先人が大切にしてきた神仏、先祖を大切に思う事を実行していく事により必ず良い縁が起こります。だから私は祈り続けるのです。

人に裏切られ社会に裏切られていくと心はどんどんすさんでいきます。そうなると怒りの心が起こり、争い事が起きます。そして人を殺めるというところまでいってしまう方もあります。京都アニメの事件等を思い出してください。「何で自分ばかりが、何で、何で? ○○が悪い」となっている心を落ち着かせなくてはならないのです。宗教は心をコントロールする方法なのです。ほんとうにあの世があるか、ご利益があるかが大切なのではなく、まずはそのように考えるようと努力すると心は軽くなります。しかし一晩たてばまた不安になり、辛くなります。そうしたらまたその話を思い出し不安や怒りの心をコントロールする努力を繰り返すのです。

占いの先生が書いた本で、共通の言葉での相談が多くなると大惨事が起こるとありました。3.11の震災の前もそうだったそうです。その言葉は「私幸せになれますか」です。私たちは幸せなのです。それに気づかせるために、惨事が起こるのです。これがこの世の摂理なのです。

今私たちはたくさんのことに気がつかなくてはならないときに来たのです。

子供にくじで当たりが出た時に「良いことをしたから、良いことがあったね」と言うような事を口にしたり、または聞いたりしたことがあると思います。それに対して確率論を持ち出す方がありました。その確率論は全体の確率論です。例えば全体のくじ数が100で外れが90個、当たりが10個で10%が当たりというものです。「良いことを、したからくじが当たったというのは関係ない」と言う方がいました。しかしくじを引く人が知りたいのは、自分が当たるかどうかだけです。つまりここで全体の確率論を出すことには何の意味もありません。それより「良いことをしたから、くじが当たったね」と言う方が夢を持てませんか?人生に於いてその夢を持つことが大切なのです。また「良いことをしたから、くじが当たった」というのは間違いだと証明できた方は誰も居ないのです。

生きることです。辛くても生きることです。笑顔の日が来ることを信じる事です。それが先祖からつながってきた命を親から頂いた私たちの使命です。

未来は私たち一人一人に掛かっているのです。 

皆様の幸せを心から日々祈念しております。

秋月院住職

葬儀と直葬、法事、水子供養を行い、墓地、永代供養墓,自然葬墓がある川崎市の秋月院へお参りください。 http://www.syuugetuin.com/

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