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2011年10月

2011年10月22日 (土)

若い人を育てるという徳

先日のご葬儀で伺った話です。

亡きご家族が入院中、点滴の注射を新米の看護師さんがされたそうですが、なかなか血管に刺さらず、何回も「すみません」「ごめんなさい」と言いながら注射をしたのですが、それでもうまくいかず、最後に「先生を呼んできます」と言ったそうですが、それに対して、亡きご家族は「大丈夫だから、あなたがやりなさい」と励まされたそうです。

痛かったと思います。しかし、それに耐え常に他の方を思いやることができた立派な方です。

また。ご家族もその看護師さんに文句を言うことなく、見守ることができる。これもなかなかできることではありません。素晴らしいことです。

人生の最後の最後までそれが実行できる事の徳の高さを感じました。

私もそのような生き方を常に心がけなくてはと改めて感じることができるご縁を頂きありがたいことです。

故人様のご冥福と、ご家族の幸せを心よりご祈念申し上げます。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

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2011年10月13日 (木)

一緒のお墓に入りたくない

「姑、夫等と一緒のお墓に入りたくない」ということを耳にします。

それほど辛いことがあり、それでも今日まで何とか頑張ってこられたことに感心いたします。だから一緒のお墓には入りたくないという気持ちも理解できます。

しかし、もう苦労をさせられた人はこの世の方でない場合にもなっていても、まだ一緒のお墓に入りたくないと思われているのであれば気の毒なことです。

苦労の時から時間が立っているのに、気持ちだけがそのままということは、今の幸せに気づけないでいることになります。

今が幸せと気づくことができますと、過去の事は「そんなこともあったな」と流すことができるようになります。
過去にとらわれることなく幸せになるには、コツが必要です。まずは過去の恨みとか妬みを「そんなこともあったな、よくがんばったな」と思うようにし、人に話す時も恨み、妬みの感情を込めることなく話伝え、できれば感謝の気持ちの言葉を言えるように努力をすることです。
はじめは違和感がありますが、なれるとこれからの人生に大いに役に立ちます。

さてお墓という現実の話としては、「一緒のお墓に入りたくない」と言われると、残された人には負担が残ります。二つのお墓の管理等経済的な負担、そして二つのお墓をお参りという時間的な負担です。
子供はいちばん近い人ですから、気持ちを理解してくれるかもしれませんが、事情を知らない、孫、ひ孫の代になればもっと負担を感じるはずです。「勝手な人がいたんだな」と陰口を言われお参りもされず忘れ去られるかもしれませんし、別のお墓を建てることを見習い、子孫もそうしてしまい、またその子孫に負担をかけてしまうこともあるでしょう。

あなたの昔の苦労を「あんなこともあったね」と笑って話せる日が来ることを祈念しております。

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2011年10月 3日 (月)

心通う葬儀

昨日のお通夜で「母が好きだったお菓子です。」といって故人のお嬢様から名古屋の両口屋是清のお菓子を頂きました。
私は東海地方出身ですのでとても懐かしくおいしく頂きました。
私は亡くなられた方と生前の面識はありませんでしたが、一つのお菓子を通して故人と少し近くなることができた葬儀でした。(私のひとりよがりですが)

お檀家の方の訃報を聞くと自分の家族が亡くなったようなさみしい思いになります。僧侶はそのような思いを持てなるような生き方をしなければならないと思っています。また思ってもらえるような生き方をしなくてはと思っております。そのうち自分もご本寺のご住職に(本家のお寺)送られる側になりますから。

ただ仕事ととしての葬儀、読経では寂しすぎます。

今は、故人の心安らかならんことと、お菓子を頂いたご家族の幸せを祈るのみです。

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2011年10月 1日 (土)

ものもらい

地方に住んでいた時にはこの時期になればどこでも彼岸花を見かけましたが。川崎に来てからは見た覚えがないので、彼岸花を知らない子供たちが多いのだろうと思います。子供のころそれを見て秋を感じたものです。

秋月院の境内ではあちらこちらで彼岸花が咲いています。

またキンモクセイのほのかな香りが幸せな気持ちにさせてくれます。

三男の目にものもらいができました。普段は長女がいぼ取り地蔵様にお仏飯(おぶっぱん。小さな器に入れた仏様のごはん)をお供えしているのですが、ものもらいができてからは三男がお供えするようにしましたら、病院に行くこともなく治りました。ありがたいことです。

普段の生活でも、仏様のご利益を感じることが多々あります。

皆さんはそれを「偶然、」「ついている、」「運が良い等」でかたずけてしまっているのです。

もったいないことです。普段の生活では感謝がなく、大いに困った事が起きた時にだけお参りに行く

さて自分に対して、そのようなことをする友達をどう思いますか?

皆様の幸せを願っております。

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