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2011年8月

2011年8月26日 (金)

秋の彼岸会法要

来月23日に秋月院ではお檀家の方の彼岸会法要が厳修されます。

最近の秋月院の各法要にはご自宅に仏様のないお宅の申し込み、お参りも多くなってきました。とても良いことです。ご先祖様のいない人は一人も存在しませんから、折々の供養は大切なことです。

人に感謝の気持ちで、その人のために何かしても「これをしてあげているから、これでいい」と言ってしまっては、感謝の気持ちは伝わらなくなります。人はサプライズに喜びを感じます。また「どうしたらよろこんでくれるかな?」と常にまた時に触れて思い行動してもらえることで心が通じます。供養も同じことです。「供養はこれで完璧!」はないのです。そう思った瞬間供養ではなくなってしまいます。だから私たちの先祖は感謝の心を思い起こすきっかけの為に50回忌までの年回法要、お盆、お彼岸等の供養を作り出したのだと思えてなりません。人はいつかはこの世を旅立っていきます。そしていつかは忘れ去られる日が来る覚悟は大切ですが、それが1年でも1代でもまた、1代飛ばしてでも思ってもらえる日があったらありがたいし、生前の自分を知らない子孫でも、法要等をきっかけに思ったもらえたらありがたいと思っております。

皆様に思い出してもらいたいご先祖様が、いつもとは違う「特別」を期待しているご先祖様がいることとおもいます。

皆様がこのお彼岸の供養をきっかけに供養の意味、大切さを考えて頂けたらありがたく思います。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

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2011年8月24日 (水)

贅沢

人は自分には高嶺の花の贅沢に憧れ、人と比べうらやましがり(うらやましいとは恨めしいという意味ですから、気をつけなくてはなりません。)気が付かないうちに苦しみとなっています。

人と比べる必要は何もありません。自分の幸せに気づき自分の贅沢を楽しむことです。

以前のブログでも書いたかと思いますが、私は家族で一泊の温泉旅行も、ディズニーランドも行ったことがない暮らしをしております。(苦しみにならない程度に夢を抱いておりますが、かなう日が来るのかは?です。)

先日大量のマス(魚)を頂きました。ガスコンロで焼けば楽なのですが、わざわざ倉庫から七輪を引っ張り出してきて子供と団扇を片手に七輪で焼きました。そのかいあってガスコンロで焼いたのとは、不思議と何かが違いとてもおいしく感じました。子供と魚を焼くという一緒の時間を過ごせたこと、七輪でおいしく魚を焼き、頂けたことをとても贅沢に思っております。

また以前お世話になった方に夏の挨拶に行きましたら、大量にジャガイモ、かぼちゃを頂きました。そのジャガイモを切り油で揚げて子供たちが大好きなたくさんのフライドポテトができました。
かぼちゃもカボチャスープになりました。
家内にとっては手間なことと思いますが、子供たちはおいしそうに口に運んでいました。
買ってきたわずかなジャガイモ、かぼちゃではそのような使い方はしない家庭ですので、すごく贅沢なことと私は思っています。

お金をつかうことだけが贅沢ではありません。皆さんも自分にできる贅沢を楽しんでください

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2011年8月10日 (水)

人は互いに支えあう事が幸せの人生

先日一か月ぶりぐらいにブログの更新をしましたら、

電話がかかってきまして家内がとったのですが、更新してくれたんですね、楽しみにしています。」というような内容だったそうです。

ありがたいことです。

最近このブログを更新することが、人々の為になっているのだろうか?自分の一人よがりのもので意味があるのか?
と疑問だらけの日々でした。

その日々の中、頂いたお電話に感謝しております。

私は以前のブログにも書きましたが、睡眠障害、鬱で長いことすっきりできずに苦しんでいました。自分で鬱に入っているなとはわかるもののどうすることもできないのです。朝起きるのが辛く、布団の上げ下げすら苦痛でした。どれだけ寝ても寝たりないのです。ただ幸いなのは病気とは思わなかったことで、薬に頼ることがなく済みました。

いつか必ず時が解決してくれます。

辛い時は毎日でも先祖のお墓詣り、近くのお寺、神社へお参りをすることです。
そしてお願いではなく日々過ごせることを感謝し、手を合わせるのです。

そして地域の奉仕作業、神社やお寺の奉仕作業に参加すること、また散歩ついでに空き缶等のゴミ拾い等人々の為に体を使うことです。

何をしていてもつまらないく、億劫になりがちですが、ぼーと一日を過ごしてしまうと、余計に空しくなります。一日一つでも間接的でかまいませんので他人(自分以外の方の事)の為に動くことです。

出歩くときは、辛い気持ちを心の奥にしまう努力をすることです。「辛い」「死んだら楽になる(※死んでも楽になりません)」という思いを家の外で思ってはなりません。特に駅のホーム、踏切、よく事故が起こるところ等を通るときは気を引き締めることがとても大切です。そこで亡くなった同じ思いを持っていた方と波長が合ってしまうと連れて行かれてしまいます。連れていかれても楽にはならないので、波長の合う仲間をそこで何十年、何百年も待ち続けることになってしまいます。ですから同じところで事故が起こるのも原因のひとつです。

辛いですが厳しいことを言う方から逃げないことです。正しく神仏を大切に感謝して過ごすことができれば必ず道が開けます。

人生とは死ぬまで悩みがあるものです。一つ解決すればまた新たな悩みがでます。それが生きていくということであり、そこに人生の価値があるのです。

このブログに縁のある方、秋月院に縁のある方が、日々をニコニコと過ごせる日が来ることをご祈念申し上げております。

暑い日が続きますが、ご自愛ください。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

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