2012年2月 9日 (木)

幸せになるには他人をうらやましがらない

久しぶりにブログを更新できます。この数か月驚きから始まり、大変でしたが、幸せな夢を見させて頂きました。いずれまた書ける日が来ると思います。

物質的な幸せの価値観は人それぞれですが、真の幸せは共通です。真の幸せとは「心の安定」です。
ところが心の安定である真の幸せを求めず、心の不安定を求めて暮らしてしまっているのが、人間社会です。

いくらお金や、地位があっても苦しみはあります。もしお金や名声で幸せになれるのであれば、人気絶頂で、自ら命を絶ってしまう芸能人はいないはずです。またどんな人でも、病気にもなり、事故にもあいます。平等に老人になり、この世とのお別れがきます。それらをお金や、地位、名声は助けてはくれません。

私は命を含めて思い通りに行くことはないと思うと、心の安定である真の幸せを求めたいと思います。

それにはまず今の幸せに気が付くことです。そして無いものを欲しがらない。みなさんはこの人生で今必要なものはすべて手に入れているのです。無いということは、少なくとも今は必要がないものなのです。もしくは無いことに意味があり、それが人生のキーワードなのかもしれません。

他人をうらやましがること程、不幸なことはありません。自分の真の幸せな人生とは関係のない他人の人生です。6年生の子が1年生の「算数は簡単でうらやまし」と言っていると同じです。6年生は6年生で学ぶべきことがあるのです。他をうらやましがるのは、時間も含めすべてが無駄です。
その時間、エネルギーを人の幸せの為に生かすことができれば、自身の真の幸せにも近づきます。
それを仏教では布施(布施行)といいます。現代社会ではそれをしなくなったが故にうまくいかないのでしょう。
私が若いころかっこいい車をつい「すごいな~」と見てしまいましたが、ある日から見ないと決めました。「借金だらけで気の毒」と思うようにしました。はじめはつい車が気になり大変ですが、慣れると心は穏やかです。

将来を考えると不安なことは正直たくさんありますが、今それを不安に思ってもどうしょうもありません。今できることは、その将来を迎えたときに今の自分を「よくやった」とほめることができるかを考え、今を生き、行動することです。

その日まで楽しく豊かに暮らせればいいやと思う方もあると思います。それも一つの生き方ですから否定はしません。

しかし秋月院に縁のあった方には「真の幸せ」になって頂きたいと祈念しています。秋月院の御本尊様は皆さんを見守っていてくださいます。どうぞお参りください。

葬儀、法事、供養、墓地とお墓の相談は川崎市の秋月院へ http://www.syuugetuin.com/

 

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2011年12月31日 (土)

初詣

お正月準備も終わり、一息ついております。

あと数時間で、新しい年を迎えますが、正直申し上げますと実感がわきません。ついこの前「明けましておめでとうございます」と挨拶を交わした気がしてなりません。もしかして神様が私たちに気が付かないように、ビデオでいう早送りをした一年なのでは?と考えてしまいます。

しかしながら、あっという間に一年が過ぎることはありがたいことです。辛いことが多いのが人生です。そんな状況で一年が長かったら身が持ちません。神様、仏様のお情けと思っております。

この一年はたくさんのご利益を頂きました。今思いつくものは、ピアノ、新しい布団、タンス、自転車等その時に欲しいと思っていたものばかりです。ありがたいことです。

ご利益は

今を生かさせていただいていることに感謝する。(まず感謝することに気が付く事が必要)

多少の我慢をし質素に暮らすしす。

常に神様、仏様を大切に思う気持ちで惜しむことなくお金、物、労働等の布施をしお参りをする。

初詣だけでなく、一年を通してそのときどきの縁を大切にして上記の事を実行に移す。

によって必要な望みはご利益という形で授ります。

お願いをする必要はありません。神様仏様には私たちの望んでいることは通じておりますから。

まず失礼のない服を着て(大切な目上の人に会う時を意識した服装)

境内に入ったら心静かにお堂の前まで歩く(例えば自分の家の庭に他人が入ってきたときに煙草を吸い、お酒を飲み、大声をだしてはしゃいでいる人がいたらどんな思いですか?その人の希望を聞こうという気はおこりますか?)

どうぞ感謝の思いをもち、近くの神社、お寺に初詣にお出かけください。いつも見守ってくれている神様仏様はあなたの住んでいる地の神仏です。

その後、初詣で有名な神社仏閣へお参りへ行かれるとよいでしょう。

皆さんにとって良い一年でありますよう秋月院からご祈念いたします。

良いお年をお迎えください。

一年間ありがとうございました。

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2011年12月10日 (土)

消費税増税反対

寒くなりました。境内は紅葉し見ごろです。どうぞお参りください。

さて、消費税、自動車関係の税の論議がされていますが、税の平等とは何か?立場によって180度変わるものですが、日本国憲法第三章の「第11条」「第14条」「25条」から考えると、税金をおさめた後使えるお金がどれだけ残るかが平等の基準であるべきだと私は考えます。

会社も、家計も余裕のある時もあれば、ない時もあります。ない時はどうしますか?社長に給料アップのお願いをしますか?もししたとしたらどうなりますか?それよりまず節約をしませんか?

国も同じでなければなりません。そうしないと破滅します。それは歴史が物語っています。江戸時代の徳川家は贅の限りをつくしていました。それにより弱体化していったのです。また最近ではギリシャの破たんです。公務員が自分たちの権利を守り主張してしまった結果です。

私たちは国の言い訳に騙されてはなりません。本当に国、国民の事を考えていれば、役人、政治家はまず自分たちの待遇を考え削減するはずです。そう考えれば名古屋の河村市長、大阪の橋下市長は真剣に考えている方でしょう。

私たちが納得できる支出の節約がなされず、増税されればいずれまた足りなくなり、また増税されます。それは年金支給開始年齢の引き上げを見れば明らかです。平成13年4月以降に40歳になる人から、厚生年金や共済年金の支給開始年齢が60歳から65歳になります。まだ65歳支給開始になっていないうちに68歳、70歳と論議されていました。
国は自分たちの運営の仕方が間違っているにも拘らず、困ればそのつけを国民に回すのです。

消費税を社会保障に充てるということを理由にしていますが、増税分の1%でも社会保障に充てれば約束を果たしたことになってしまいます。政府はそれを狙っています。そのわけは社会保障が真実なら「増税分は100%社会保障に充てる」というはずです。政府は増税する口実が欲しいだけなのです。
それは今回の自動車関係の税の減税を巡っての論争がありましたが、これでありらかになりました。結局中身のない中途半端な結果で要は今の税収入を減らしたくない。自分たちの権利を守りたいただそれだけなのです(使えるお金を減らしたくない)。そもそも自動車関係の税は道路を普及させる目的で課税がおこったのです。ところが、数年前に道路を造る目的をやめて、何でも使える一般財源に組み込まれました。当初、道路を造るためということで導入を国民が許した税金制度が、その目的を失っても課税されるとは本末転倒です。つまり国はいつの時代も増税する口実が欲しいだけで、導入された後は、やりたい放題なのです。それが国家というもので、人間の本質なのでしょう。

誰だって今の権利を手放したくないと思うものです。この危機的状態にある日本において役人なった方、政治家になった方は、それぞれの真の(生まれる前にきめた今回の人生の目的)人生のやらなければならない使命を全うできるか欲に負けてしまうかが試されているのでしょう。

ちなみに曹洞宗にも選挙で選ばれた議員がいますが、給料は税金を引かれて10万円ないそうです。そして今回の東日本大震災以降その給料を全額その復興のために使っているそうです。

みんながニコニコと暮らせる日が来ることを秋月院から祈っています。その祈りが多くなれば必ず未来ニコニコと暮らせる世を作れます。みんなで祈りましょう。

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2011年11月18日 (金)

東日本大震災供養法要

昨日、大本山永平寺東京別院において東日本大震災物故者の供養並びに、復興祈願の法要が行われました。

その後、東北各県の方々の震災についてのお話を頂きました。

その中で福島県の方のお話の中で『小学生の女の子が「私結婚できないんだよね、結婚しちゃダメなんだよね」』私はそれを聞いて、また今これを書いていて、目頭が熱くなっております。

電力の問題、経済の問題で原子力発電は必要という声がありますが、私は人々が人として昔から営まれてきた生活が当たり前にできることが大前提でなければならないと考えます。そのうえで電力、経済を考えなければならないのです。

お金の事しか考えていない人々にはこの小学生の言葉は響かないのでしょう。

お金におぼれ、かわいそうな人々です。お金はあっても真の幸せは永遠にわからないばかりか、亡くなったときに「しまった」(こんなに軽いものではありませんが)と反省をしなければならない日が来ます。

人々がみな、死後の世界があり、生まれ変わりが行われていることを理解できたなら、信じることができたならば、仮定することができたならば、むさぼり、怒りが減り、人に思いやりを持ち、やさしい気持ちになり一人ひとりの私たちも過ごしやすい世の中になるのに・・・

そんな日が来ることを祈っております。

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2011年11月14日 (月)

帝王ダリアが咲きました。

寒くなったり、暖かくなったりと気候が安定しない日々です。

皆様お変わりございませんでしょうか?

おかげさまで山内無事に過ごしております。

秋月院の帝王ダリアが咲きました。

参道を歩いていき山門の手前に右手に咲いています。

どうぞお参りがてらご覧ください。

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2011年11月11日 (金)

必要な望みは叶う

先日電子ピアノを頂きました。

知り合いになって一年ほどの付き合いの方に「エレクトーンいりませんか?」と聞かれ、とてもありがたい話でした。

ちょうどキーボードでも買おうか考えていた時だったのです。

娘がピアノを習い始め、家内もご詠歌(仏教版の讃美歌のようなもの)を習い始め音合わせに欲しかったのです。

しかし家は狭いし、決して安いものでもないので、ちゅうちょしていたのです。

そんなときに頂いたお話でした。

後日、もらいに伺ったらエレクトーンではなく、電子ピアノだったのです。

その方にも、仏様に、ピアノをもらえますようにとお願いはしておりませんが、ご利益と思い感謝しております。ありがたいことです。

今の我が家には必要なものだったということです。

私たちは良くも悪くもすべて縁によって生かされています。それに気が付き、縁を大切にし、過ごすことで、道は必ず開けます。

今からでも遅くはありません。人にやさしく接することを、実行してみてください。あきらめない限り、必ず良かったと思える日が来ます。

みなさん幸せになってください。その日が来ることをご祈念いたします。

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2011年11月10日 (木)

幸せな老後を迎えるには

私の知っている方で、親、義理の親の世話をする事はもちろんですが、旦那の兄弟の、世話をしている方があります。「見捨てたら人として・・・」と言っていました。

その親を大切にするということは、その親祖父母の供養にもなります。また兄弟を大切にするということは、その親の供養、また孝行になります。

親切にされたら親切にしてあげたいと思うものです。亡き方も同じです。それが今を生きる私たちの幸せにつながっています。

その親の姿を見て育った娘は、「旦那の兄弟に何かあれば私が何とかしなくては」と言っています。そうしないと自分が死んだときに、親に「あんたは何やってきたの!」と言われるからとも言っておりました。

その逆で子供の教育費がかかるから等理由(言い訳)をつけて親を見捨てれば、自分の子供はそれを見て育つわけです。

必ず自分にしたことは自分に返ってきます。今からでも遅くはありません。

もう過去には戻れないところまで来ている方は、今自分ができる善行(他人のために)を行うことです。
散歩で、空き缶、ごみ、吸い殻を拾う。トイレのスリッパを自分以外のもそろえる。身近にできることはまだまだたくさんあります。それに気が付くことが大切です。

「自分我」をまず捨てることです。そこから新しい人生が始まります。

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2011年11月 9日 (水)

猿進化「猿の惑星」と人類の退化

先日、一人寂しく「猿の惑星」という映画を観てきました。

人間の開発した薬により知能が発達した一匹の猿が、人間からその薬を盗み他の猿にその薬を与えたことにより他の猿たち知能が発達し、①ビスケットを分け合う、②協力し助け合う、③自らが犠牲になり仲間を助ける、④犠牲になった仲間を悼む、という進化をしました。

さて、人類はどうでしょうか?私は退化しているとしか思えません。その行く先は文明の崩壊でしょうか?

今日の日本の問題、少子高齢化、雇用、格差、年金、国債とう国民の借金等は①から④が昔のように国民一人一人が実行できればすべて解決します。

先祖が何千年と掛けて築いてきた文明を自分の欲で崩壊させてはならないと日々、自分に与えられた道を常に正しく、軌道修正、反省をしながら大きく欲望の道にそれないように考えながら過ごしております。

それが自分の使命と心得て生きています。

やがて子供たち、子孫のために、そして先祖の供養のためになればと願っております。

皆さんもどうぞ、その思いを大切にし、祈りのある正しい生活を営みください。必ず明るい未来が待っております。

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2011年10月22日 (土)

若い人を育てるという徳

先日のご葬儀で伺った話です。

亡きご家族が入院中、点滴の注射を新米の看護師さんがされたそうですが、なかなか血管に刺さらず、何回も「すみません」「ごめんなさい」と言いながら注射をしたのですが、それでもうまくいかず、最後に「先生を呼んできます」と言ったそうですが、それに対して、亡きご家族は「大丈夫だから、あなたがやりなさい」と励まされたそうです。

痛かったと思います。しかし、それに耐え常に他の方を思いやることができた立派な方です。

また。ご家族もその看護師さんに文句を言うことなく、見守ることができる。これもなかなかできることではありません。素晴らしいことです。

人生の最後の最後までそれが実行できる事の徳の高さを感じました。

私もそのような生き方を常に心がけなくてはと改めて感じることができるご縁を頂きありがたいことです。

故人様のご冥福と、ご家族の幸せを心よりご祈念申し上げます。

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2011年10月13日 (木)

一緒のお墓に入りたくない

「姑、夫等と一緒のお墓に入りたくない」ということを耳にします。

それほど辛いことがあり、それでも今日まで何とか頑張ってこられたことに感心いたします。だから一緒のお墓には入りたくないという気持ちも理解できます。

しかし、もう苦労をさせられた人はこの世の方でない場合にもなっていても、まだ一緒のお墓に入りたくないと思われているのであれば気の毒なことです。

苦労の時から時間が立っているのに、気持ちだけがそのままということは、今の幸せに気づけないでいることになります。

今が幸せと気づくことができますと、過去の事は「そんなこともあったな」と流すことができるようになります。
過去にとらわれることなく幸せになるには、コツが必要です。まずは過去の恨みとか妬みを「そんなこともあったな、よくがんばったな」と思うようにし、人に話す時も恨み、妬みの感情を込めることなく話伝え、できれば感謝の気持ちの言葉を言えるように努力をすることです。
はじめは違和感がありますが、なれるとこれからの人生に大いに役に立ちます。

さてお墓という現実の話としては、「一緒のお墓に入りたくない」と言われると、残された人には負担が残ります。二つのお墓の管理等経済的な負担、そして二つのお墓をお参りという時間的な負担です。
子供はいちばん近い人ですから、気持ちを理解してくれるかもしれませんが、事情を知らない、孫、ひ孫の代になればもっと負担を感じるはずです。「勝手な人がいたんだな」と陰口を言われお参りもされず忘れ去られるかもしれませんし、別のお墓を建てることを見習い、子孫もそうしてしまい、またその子孫に負担をかけてしまうこともあるでしょう。

あなたの昔の苦労を「あんなこともあったね」と笑って話せる日が来ることを祈念しております。

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